中文简介
出生阿部正弘于文政2年10月16日(1819年12月3日)出生在江户的福山藩西之丸宅邸,是第五代藩主阿部正精的五男。 天保8年(1837年)正弘返回福山(广岛县福山市),这是正弘第一次返回故乡。 就任老中天保14年(1843年)闰9月11日,25岁的阿部正弘成为老中,移居辰之口(千代田区大手町)宅邸。
日文简介
1819-1857 江戸時代後期の大名。
文政2年10月16日生まれ。阿部正精(まさきよ)の子。兄正寧(まさやす)の養子となり,天保(てんぽう)7年備後(びんご)(広島県)福山藩主阿部家7代となる。奏者番,寺社奉行をへて,弘化(こうか)2年老中首座にすすむ。ペリーの開国要求などの難局に,徳川斉昭(なりあき),島津斉彬(なりあきら)らと協調して対処。日米和親条約を締結し,海軍伝習所・洋学所などを設立した。安政4年6月17日(「続徳川実紀」では27日)死去。39歳。字(あざな)は叔道。号は裕軒。