中文简介
荒木 村重(1535年-1586年6月20日、天文4年-天正14年5月4日)是日本战国时代至安土桃山时代的武将及大名。利休七哲之一。幼名十二郎,后改称弥介(另一说法为弥助)。曾经与织田信长对抗的武将,祖先是藤原秀乡。
日文简介
1535-1586 戦国-織豊時代の武将。
天文(てんぶん)4年生まれ。池田勝正,のち織田信長につかえ,足利義昭の京都からの追放に功をたて,摂津一国を支配した。天正(てんしょう)6年石山本願寺・毛利氏とむすんで信長と離反。敗れて人質となった一族郎党を見殺しにして毛利氏のもとに脱出した。のち剃髪して,信長の死後,茶の湯で豊臣秀吉につかえた。天正14年5月4日死去。52歳。通称は弥介。号は道薫。