中文简介
有田八郎(1884-1965)昭和时期的日本外相。 日本新潟县人。本姓山本,出嗣有田家。
日文简介
1884-1965 明治-昭和時代の外交官,政治家。
明治17年9月21日生まれ。山本悌二郎の弟。明治42年外務省にはいり,ベルギー・中国大使などをつとめる。昭和11年広田内閣の外相となり,日独防共協定を締結した。のち第1次近衛・平沼・米内(よない)各内閣の外相。28年衆議院議員。三島由紀夫の小説「宴(うたげ)のあと」に対し,わが国最初のプライバシー侵害訴訟をおこした。昭和40年3月4日死去。80歳。新潟県出身。東京帝大卒。旧姓は山本。
【格言など】いたずらに必勝不滅の信念を高唱する者は皇国を滅亡に導くもの,仰ぎ願わくは戦争の帰趨(きすう)を大観せられ,一断もって皇国の危急を救わせたまわんことを(終戦直前の上奏文)