中文简介
成田长泰(なりた ながやす),明应4年(1495年)?-天正元年12月17日(1574年1月9日),是日本战国时期的武将。成田亲泰之子,小田朝兴,成田泰季的哥哥。成田氏长和成田长忠之父。正室为长尾景英的女儿。号芦伯斋。下总守。
日文简介
?-? 戦国時代の武将。
成田親泰(ちかやす)の子。武蔵(むさし)忍(おし)城(埼玉県)城主。関東管領上杉憲政(のりまさ)に属したが,のち北条氏康にしたがう。永禄(えいろく)4年(1561)長尾景虎(上杉謙信)の関東出兵に際し,景虎について氏康がよる小田原城をせめる。その後も長尾,北条両氏の間で向背をくりかえし,最後は謙信にしたがう。8年子の氏長と不和になり,翌年隠居した。初名は太郎五郎。号は蘆伯。