中文简介
家永三郎(いえながさぶろうIenagaSaburo)(1913年9月3日-2002年11月29日),日本历史学家及教育家。家永三郎因日本文部省(教育部门)审定历史教科书案而被广为人知。曾任东京教育大学(后来的筑波大学)教授及为日皇太子讲授日本史。家永三郎于个人立场上反对军国主义,也是日本少数坚持日军于二战时期的南京大屠杀及其他战争暴行为史实的学者。因此他就日本历史教科书的内容编写上,多次在法庭与立场上否认日军二战暴行的日本文部省对抗。
日文简介
1913-2002 昭和-平成時代の日本史学者。
大正2年9月3日生まれ。昭和12年東京帝大史料編纂(へんさん)所嘱託。旧制新潟高教授をへて,19年東京高師教授から24年東京教育大教授。定年退官後,中央大教授。23年「上代倭絵(やまとえ)年表」「上代倭絵全史」で学士院恩賜賞。40年から32年にわたり教科書検定裁判の原告としてたたかい,平成9年一部勝訴が確定した。平成14年11月29日死去。89歳。愛知県出身。東京帝大卒。著作に「日本思想史に於ける否定の論理の発達」「太平洋戦争」など。