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石桥忍月(石桥忍月,いしばし にんげつ,1865年10月20日~1926年2月1日)是一位日本小说家文艺评论家,出生于日本,毕业于东京帝国大学法科大学法律学科。
日文简介
1865-1926 明治時代の文芸評論家,小説家。
慶応元年9月1日生まれ。山本健吉の父。東京大学予備門在学中からドイツ文学の知識をもとに坪内逍遥(しょうよう),二葉亭四迷らの作品を論評。明治23年から森鴎外(おうがい)の「舞姫」「うたかたの記」をめぐり鴎外と論争。「惟任日向守(これとうひゅうがのかみ)」などの小説もかいた。のち弁護士となり,判事もつとめた。大正15年2月1日死去。62歳。筑後(ちくご)(福岡県)出身。帝国大学卒。本名は友吉。別号に気取半之丞。
【格言など】美人如何程(いかほど)窈窕(ようちょう)なるも,情無ければ木偶(でく)なり。雛人形なり(「妹と背鏡を読む」)