中文简介
武田元明为若狭守护武田义统的长子,母亲是将军足利义晴之女,若狭武田氏本是甲斐武田氏的庶流,最初甲斐武田氏同时担任甲斐、安芸两国守护,后于蒙古袭来之际甲斐武田氏当主信成将安芸守护一职让与其弟氏信,后来氏信的曾孙信荣讨伐一色义贯有功,得到义贯旧职若狭守护的官位,遂创建了若狭武田氏的基础。
日文简介
1552-1582 戦国-織豊時代の武将。
天文(てんぶん)21年生まれ。若狭(わかさ)(福井県)の守護武田義統(よしむね)の子。永禄(えいろく)10年家督をつぐが勢威はなく,翌年若狭に侵攻した朝倉氏の庇護(ひご)下にはいる。朝倉氏滅亡後は織田信長にしたがう。天正(てんしょう)10年本能寺の変で明智光秀に味方したため7月19日自殺させられた。31歳。妻竜子は豊臣秀吉の側室松丸殿となる。通称は孫八郎。